和歌山地方裁判所 平成9年(ワ)348号 判決 2000年2月15日
別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告橋本竹治及び同長尾正行は、株式会社阪和銀行に対し、各自三億円及びこれに対する平成九年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告福田文七郎は、株式会社阪和銀行に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成九年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告新居健及び同渡部善治は、株式会社阪和銀行に対し、各自一二〇〇万円及びこれに対する同新居健は平成九年七月一〇日から、同渡部善治は同月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、株式会社阪和銀行(以下「訴外銀行」という。)の株主である原告らが、訴外銀行が行った貸付けは、取締役であった被告らの関与のもとに行われた違法ないし不当な融資であるなどと主張し、被告らに対し、商法二六六条一項五号による損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)に基づき、右融資等によって訴外銀行が被った損害の内金及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまでの民法所定の割合による遅延損害金を訴外銀行に支払うように求めた株主代表訴訟である。
一 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、《証拠省略》により容易に認められる事実である。
1 当事者
(一) 原告らは、六月前から引き続いて、左記のとおり、訴外銀行の株式を保有する株主である。
記
原告名 保有株式数
前田宇一郎 一万一二〇〇株
畑上守世 四万三一二〇株
中田吉昭 四万四〇〇〇株
カナセ工業株式会社 三六万〇六四〇株
金谷照男 九万〇六〇〇株
金谷泰子 四万株
新井康司 一〇〇〇株
山二木材株式会社 四万四〇〇〇株
天野治男 八万二〇〇〇株
株式会社テンコーライフ 一万三二〇〇株
中野利生 二八万九五二〇株
(二) 被告橋本は、昭和四七年五月訴外銀行の取締役に就任し、平成四年六月同頭取就任の上、平成七年七月退任したもの、同福田は、昭和六二年六月同取締役就任の上、平成五年六月退任したもの、同長尾は、昭和五九年六月同取締役就任の上、平成七年七月退任したもの、同新居は、平成七年七月同取締役頭取就任の上、平成八年一一月二一日退任したもの、同渡部は、平成七年六月同取締役就任の上、平成八年一一月二一日同頭取に就任したものである。
2 提訴に至る経過
原告らは、平成九年五月二九日、訴外銀行の監査役である岡田直に対し、内容証明郵便をもって、被告らの責任を追及する訴えの提起を請求したものの、三〇日以内に訴え提起はされず、同年六月三〇日、和歌山地方裁判所に対し、本件株主代表訴訟を提起した。
二 争点
1 被告らに係る損害賠償責任の有無(請求原因)
2 本件損害賠償請求権に係る債権譲渡の有無(抗弁)
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(損害賠償責任の有無)に関する原告らの主張
(一) 被告橋本、同福田及び同長尾について
訴外銀行は、三共土地開発株式会社に対し、平成四年八月三億六〇〇〇万円、同年一一月二億三〇〇〇万円を違法ないし不当に貸し付け、五億円に上る損失を被った上、阪和ギャランティ・ファイナンス株式会社及び阪和リース株式会社に対し、平成二年ないし平成四年ころ、計約二〇〇億円を違法ないし不当に貸し付け、一八〇億円を超える損失を被った外、株式会社富士住建に対し、平成元年ないし平成四年ころ、約四〇億円を違法ないし不当に貸し付け、三二億円を超える損失を被った。
被告橋本、同福田及び同長尾は、いずれも右貸付けに関与しており、同被告らには、取締役としての善管注意義務違反がある。
(二) 被告新居及び同渡部について
訴外銀行は、カンサイファイナンス株式会社に対し、平成七年ころ、約二五億円を違法ないし不当に貸し付け、二〇億円以上の損失を被ったところ、被告新居及び同渡部は、右貸付けに関与した上、訴外銀行が、平成八年一一月二一日、大蔵大臣から銀行法二六条に基づく業務一部停止命令等を受けた際、不服申立て等をしないまま、漫然放置しており、同被告らには、取締役としての善管注意義務違反がある。
2 争点2(債権譲渡の有無)について
(一) 被告らの主張
訴外銀行は、預金保険機構との間で、平成一〇年一月二三日、本件損害賠償請求権を譲渡する旨の契約を締結した。
(二) 原告らの反論
本件において原告らが訴求する本件損害賠償請求権は、当該債権の存在すら確認されておらず、その内容も未だ特定されていないのであって、預金保険機構への債権譲渡の対象となるものではない。
また、訴外銀行は、本件株主代表訴訟の提起により、本件損害賠償請求権に係る管理処分権を喪失しており、これを第三者に譲渡する権能を有するものでもない。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、争点2に関する被告らの主張は理由があり、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものと判断する。その理由の詳細は、次のとおりである。
一1 前記前提となる事実、《証拠省略》によれば、預金保険機構への債権譲渡に至る経緯等について、次の事実を認めることができる。
(一) 訴外銀行は、昭和一六年八月二〇日、紀南無尽株式会社及び福徳無尽株式会社が合併して創設されたもので(当時の商号は、興紀無尽株式会社。)、昭和二六年一〇月二〇日株式会社興紀相互銀行、平成元年二月一日株式会社阪和銀行に各商号変更した。
(二) 訴外銀行は、創立者一族が取締役等の大部分を占めるいわゆる同族会社であったところ、放漫経営ないし乱脈融資等を重ね、経営破綻に陥った。
訴外銀行は、平成八年八月実施の大蔵省検査等の結果、今後の業務継続が困難と判断され、同年一一月二一日、大蔵大臣から、銀行法二六条に基づき、預金払戻し等を除く業務の停止及び財産保全に係る命令を受けた。
(三) 大蔵省は、同年一二月一三日、訴外銀行の処理について、新銀行設立の上、同銀行において、訴外銀行から営業の全部譲渡を受け、預金払戻し等の整理、清算業務を行うこと、訴外銀行の保有する貸付債権等の資産を預金保険機構に売却した上、資産管理及び不良債権の回収等を図る旨の指針を示した。
右指針のもと、平成九年四月九日、株式会社紀伊預金管理銀行(以下「紀伊預金管理銀行」という。)が設立され、同年六月一〇日、訴外銀行及び紀伊預金管理銀行間において、営業の全部譲渡に係る契約が締結された。訴外銀行は、同月二七日、株主総会を招集の上、右営業譲渡及び預金保険機構への資産譲渡に係る特別決議をした。
訴外銀行は、平成一〇年一月二三日、預金保険機構との間で、資金援助(資産買取り)に関する契約を締結し、同契約において、同月二六日をもって資産買取日とすること、同日現在の保有資産の外、訴外銀行が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権並びに事務管理、不当利得及び不法行為等に基づく権利(訴外銀行の役職員及び債務者等に対して責任追及する一切の権利の外、右買取日においてその存在の確認ないし内容の特定が未了である権利を含む。)を譲渡する旨を合意した(以下「本件譲渡契約」という。)。
2 右認定の事実によれば、原告らの訴求に係る本件損害賠償請求権が本件譲渡契約における譲渡の対象とされたことは、明らかである。
この点に関し、原告らは、本件損害賠償請求権は、前記買取日の段階では、当該債権の存在すら確認されておらず、内容特定も未了であって、本件譲渡契約の対象とされていない旨を主張するものの、これをいれて右認定を覆すに足りる証拠はない。
また、原告らは、本件株主代表訴訟の提起により、訴外銀行は本件損害賠償請求権に係る管理処分権を喪失しており、本件譲渡契約により、本件損害賠償請求権に係る譲渡の効果は生じていないと主張するが、このように解すべき明文の根拠はない上、株主代表訴訟の提起後も、会社は、自ら当該訴訟に参加することによって、訴訟追行をなし得るのであり(商法二六八条二項本文)、株主代表訴訟の提起により、当該損害賠償請求権に係る訴権の行使方法について制限を受けるものの、その管理処分権の全てを喪失するものとは解し難く、右主張は採用の限りでない。
二 もっとも、株主から監査役に対し、取締役の責任を追及する訴え提起の請求がされた後、会社が当該損害賠償請求権を譲渡した場合において、その譲渡の前後の具体的事情―例えば、右譲渡に係る対価が不当に低廉であるとか、譲受人においてその債権の履行を真摯に求めない等の具体的事情から、右譲渡が架空のものであること或いは当該取締役を株主代表訴訟から免れさせる旨の目的に出たものであることが推認できる場合には、右譲渡を通謀虚偽表示によるものとし、或いは信義則に基づいて、その効力を否定すべき場合もあり得るものと解される。
しかしながら、本件において、預金保険機構は、預金保険法に基づき設立された特別法人であり、整理回収機構等と協働の上、訴え提起や刑事告発等各種の法的手段を用い、不正融資等によって金融機関を破綻に導いた経営者に係る民事ないし刑事責任の追及や隠匿財産の発見等を通じて、不良債権の回収を図っており(公知の事実である。)、また、前記認定のとおり、訴外銀行は、乱脈融資等によって経営破綻に陥り、その破綻処理の一環として、預金保険機構に資産譲渡の上、同機構に経営者責任の追及や不良債権等の回収を委ねたのであって、右処理に係る基本的な指針は、原告らの訴え提起請求以前に既に示されていたこと、預金保険機構は、右指針に従い、現に、訴外銀行の取締役等に対し、違法ないし不当な融資に関与した責任を追及して損害賠償請求訴訟を提起しており、本件損害賠償請求権も、右訴訟における訴求の対象とされていること(当裁判所に顕著である。)等に鑑みれば、本件損害賠償請求権に係る譲渡の効力を否定すべき具体的事情は到底認められない。
第四結論
よって、原告らの請求は、いずれも理由がなく、棄却を免れない。
(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 大垣貴靖 高島義行)
<以下省略>